「妙見活法」は宇宙(自然)の法則に整合した究極の自然療法です。正伝妙見活法協会では一千年の歴史を有する唯一正統なる「妙見活法」を第24代継承者である千葉吉胤妙星 司家が責任を持って本物の整体術を直接相伝いたします。正伝妙見活法協会には本物ゆえの長い歴史と正しい伝統があります。
公開日:2018年3月16日

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正伝妙見活法協会
前野功妙経 会長

お世話になります。
稲城市の津端です。

妙見学理講座
『妙見北斗之活』理論編
を受講させていただきました。

課題考察レポートを投稿させていただきます。
よろしくお願いします。

【はじめに】

今月も
学理講座を配信してくださり
ありがとうございます。

考察レポートを開始する前に
この場をお借りして
千葉吉胤妙星司家
前野功妙経会長に
改めて御礼申し上げます。

もとよりご多用なお二人が
睡眠時間や本業のお時間を割いてまで
学理講座を開設してくださっているのか。

仏門会であれば30万円相当の学理講座を
受講費用無料という形で提供してくださるのか。

その意味と真意を
わずかばかりでも汲み取れるように
心して考察させていただきます。

有り難く受講させていただきます。
お目通しのほど
どうぞよろしくお願いいたします。

【お父上のお話】

錯覚の作用は時間と数字に特に強く影響する
という旨のお話から
損得の相対性と逆相の相剋についての
説明が書かれていました。

損する治療を受けに来る
バカな患者はいない
という一文には
思わず膝を叩いてしまいました。

言われてみれば
確かにその通りなのですが
自分も含めて
我々治療業界の人たちは

絶対性の損得と商売で
考えてしまう癖があるように思います。

自分自身にも大いに言えることなのですが

治療家の方が患者さんよりも
よほどバカな傾向があるので

「そりゃ道理が通らねえだろ……!」

というような提案や見解を
平気でやっている気がします。

治療業界のスタンダードは
世間一般の異常なのでしょうか。

そのような経営方法は
落とし所のない治療に
なっている気がしますし

このように書いている自分も
学理講座がなければ
リピート無間地獄に続く
道を普通に歩いていたと思うと
心底ゾッとします。

このような治療業界の
狂ったスタンダードが背景にあるので

千葉雅胤玄峰様のお話は
表面通りにさらってしまうと

絶対的な意味合いでの損得に
転落してしまう気がしました。

お客さんや患者さんに得をさせろ、
という考え方は

患者さん
の環境や状況を察知した上で
得をさせろ

という意味合いであると受け取りました。

早く治したい人には
時間や回数という概念での得を

ゆっくり治したい人には
親身や実感という概念での得を

治療院側が
一回治療や一瞬治療が出来ても
あえて『負ける』ことで
得した!という錯覚を善用することの
大事をご説明いただきました。

本当に患者さんに得をさせるために

単に治療費を安くすればいいのか?
何でもかんでも一回で終わらせればいいのか?

という平面的な意味での誤解は
しないようにしたいと思いました。

原理や作用を知ったところで
誰も錯覚の世界からは逃れられないならば
徹底して『善用』するという考え方は

これぞ妙見活法!という哲学で大好きです。

それでは、善用とは?となりますと

やはり

時と場合と相手によります。

患者さんの立場での最適解を
その都度察知してさりげなく選ぶことが
ベストなのではないかと思いました。

甲の薬も乙には毒、とは言いますが
本当にニーズというものは
人それぞれですね。

多種多様に渡る相手の欲するところを
探していくことも
治療の上で大切なことであり

前提として相手の得と善用があり

その上で臨機応変に能動的に
おやりなさいという教えだと感じました。

【叔母上のお話】

日舞における揺らぎの大事に
千葉司家の講釈が添えられ
治療における揺らぎの大事公開されました。

揺らぎという概念を集約してみたところ
私の考え方では
「活動性」という言葉に置き換えられました。

微妙な振動がなくなったものは
活動性を保てません。

生命であれ、からくりで動くおもちゃであれ
動いているときは何かしらの揺らぎを
発生させます。

この活動性を伝播させることが
妙見北斗之活の重要な点
なのではないかと考察しました。

術者の操作を以って
こちらの活動性を
あちらへ伝えて
停滞したものを再始動させる。

妙見北斗之活はこのような術理を
有しているのではないかと思いました。

活動性を伝播させるのですから

「そして……能動的であれ!」
となるのは当然だと思いました。

【柄杓の大事についての考察】

今回の学理講座では
柄杓の大事についての記載があります。

ここがとても重要な構文だと感じたため
柄杓について
その役割と属性を考察をさせていただきます。

柄杓は本来、水や汁を掬う役割を持つ道具です。
器に柄がついた形状をしています。

下がって回転する=掬い上げる動作で
液体を器に受け入れます。

この動作がそのまま
妙見活法における操作法に
類似している点が印象的でした。

無事に液体を器に受け入れた
柄杓は本来あるべき場所に
内容物を移します。

甕や瓶から掬うべきものを掬い
あるべき場所に移したら
柄杓の役割は一旦ここで終わります。

もしここで、柄杓の器に
内容物がずっと入っている場合は
柄杓の役割は
『容器』に変わってしまいます。

柄杓とは、中継地点であり
後述する『架け橋』としての属性を
本来は有しているということになります。

これはまさに
妙見活法による治療の御作法
そのものだと私は感じます。

底に沈んだものを
望むべき場所に戻したら
柄杓の役割は終わり。

終わらないと柄杓が
柄杓で無くなってしまう。

これは、まるまる
治療家にも言えることだと思います。

底に沈んだ不具合を
望ましい状態に戻したら
治療家の役割は終わり。

終わらないと治療家が
治療家で無くなってしまう。

救援や救助ではなく
救済であることがなぜ重要なのか。

お救い済みにすることで
患者さんは
次の生成化育を始めることができ
治療家は
空になった器で次の患者さんを
掬うことができます。

いつまでも器の中に
掬い上げたものを残していたら
治療家の役割も属性も
無くなってしまいます。

利益を求めるな、
役割を求めろという
妙見様の教えの実践と具体例として

柄杓の大事があるのではないかと思いました。

【起承転結について】

柄杓の大事から言えることは
起承転結の大事とも言えます。

先にまとめてしまいますと
柄杓の大事、救済の実践、治療の御作法は

起こり無くして結びなし
結び無くして起こりなし

ということだと思います。

治療を最高の状態で
結び、終わらせることにより
患者さんは不具合を
過に放り込むことができます。

痛い辛い苦しいの起こりが
嬉しい楽しい気持ちいいの結びに
柄杓の大事を以って大回転すれば

次の起こりは
嬉しい楽しい気持ちいいになり

それが患者さんの後ろにある
御陰様に光速で
反射していくのだと思います。

これは主に私のことなのですが

治療家は欲深くてがめついから
終わらせることが怖いです。

もうちょっと来てくれないかな〜とか

定期的に来てくれないかな〜とか

この曜日のこの時間暇だから
毎週来てくれないかな〜とか

どうしても頭に浮かんで来ます。
音という揺らぎにこそしませんが、
私は本来は薄汚れた柄杓です。

しかし、治療のときだけは
純銀のような柄杓でなければ
患者さんが望む起承転結を作れません。

こんな錆だらけの柄杓を磨いてくださるのが
妙見学理講座です。

善の生成化育の起承転結を
速やかに行い、
かつ
『治り』の太鼓判を
より確実に押せるように
引き続き勉強させて頂きたいです。

【架け橋の意味するもの】

今回のマル秘経営テクニックでは
架け橋を用いた戦術が紹介されました。

先述した柄杓の役割と属性同様に
橋にも役割と属性があると思います。

橋は地点Aと地点Bを繋ぐ役割があります。

逆に言えば
『向こうに渡れなければ橋でない』
と言えます。

不具合を抱えて来た患者さんが
元の好ましい状態に渡れなければ
治療家は健康への架け橋にはなれません。

橋の起承転結における結びは
渡り終えて次の場所に
行けることだと思います。

そういう意味では
柄杓と橋は役割的には
近しいものかもしれません。

今回のマル秘経営法には
光による架け橋を作る点に
要諦があるのではないでしょうか。

橋を見たら渡りたくなるのが人間です。
虹の橋がかかっていれば
意識の指向性は橋の向こうに向きます。

結果として、
患者さんが入ってくるという
作用が期待できるものだと感じました。

ただし
店頭に虹の橋をかけたところで
中の本丸である治療自体が

どこにも繋がっていない
単なる板っきれだったり
延々と同じところを歩かされる
冗談みたいに長い橋
(しかも繋がってるのかどうかも不明)
だったら
ガッカリしてしまいます。

冒頭の、
千葉雅胤玄峰様の言葉を
お借りしたいと思います。

「対岸に繋がってない橋を渡ろうとするバカもいねえだろ……!」

嬉しい楽しい気持ちいい
の極楽浄土につながる
橋になれるよう

マル秘経営法にあたり負けしない
治療技術を磨いていきたいと思います。

【秘伝書考察】

それでは、
秘伝書を考察させて頂きます。

・・・・・・・

北斗之活は
人為性と自然性を一致させる法術です

人為性の回転から始まった振動が
知覚と身体感覚に活動性を入力し

全身全霊に活動性を伝播し
その結果、自然性の回復が起こります

この全体振動を与えることが救済です

振動を伝え救済した後はすぐに身を引きなさい

質的転換後には一つの終わりがあることで
相手の丸ごと全てに活動性が付与されるのです

新月が上弦下弦の月を経て満月に至るように

救済を済ませたら後は余韻を残して
次の生成化育に委ねるものです

・・・・・・・

神人一致とは?
という観点から考察を行いました。

妙見大菩薩様との一致
というとちょっと幅が狭くなってしまうため
人為性と自然性という言葉に置き換えました。

以前の学理講座で
「すべての手技治療は人為性の世界から逃れられない」
という記載がありました。

手技治療という人為性の世界に、
『振動』という要素を噛ませることで
人の手が加わっていない
自然性への回帰を図るという点が
妙見北斗之活の秘伝であり
この振動こそが、柄杓の役割を持つ
という観点から考察いたしました。

【まとめ】

毎月、学理講座の時期は
嬉しくてソワソワするのですが
今回は北斗七星の名を冠した
北斗之活ということで
より一層興奮していました。

実際に受講してみて
北斗之活は
他の活法より一層『法』の要素が
強いように思いました。

第一回の法道之活で
千葉司家は
「法は万象について回る」
という旨をお話しされていました。

手技治療には
人為性という法がついて回ります。

妙見活法が手技治療と次元が違うのは
この北斗の柄杓を理解して活用している点に
あるのだと感じました。

柄杓の大事は治療の大事
柄杓の大事は経営の大事
柄杓の大事は人生の大事

柄杓としての役割は
治療家としての役割と
驚くほど一致していました。

救えても『出せない』
治療家にはなりたくないです。

妙見大菩薩様
千葉吉胤妙星司家
前野功妙経会長
由利はるな初日司家秘書
受講会員の皆様

今回も素晴らしい学理講座を
ありがとうございました。

以上をもちまして
妙見学理講座『妙見北斗之活』
第一次考察レポートとさせて頂きます。

ありがとうございました。
お蔭様です。

稲城市平尾
津端雄大郎

この記事の著者

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