「妙見活法」は宇宙(自然)の法則に整合した究極の自然療法です。正伝妙見活法協会では一千年の歴史を有する唯一正統なる「妙見活法」を第24代継承者である千葉吉胤妙星 司家が責任を持って本物の整体術を直接相伝いたします。正伝妙見活法協会には本物ゆえの長い歴史と正しい伝統があります。
公開日:2018年9月15日

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第27回正伝妙見学理講座北辰天位之活
課題レポート
━━━━━━━━━━━━━━━━━
前野功妙経会長

いつもお世話になります。
静岡市葵区佐々木真吾です。

第27回正伝妙見学理講座北辰天位之活
課題レポートを提出させていただきます。

☆☆━─…━─…━─…━─…━☆☆
この度のテーマは「天位無相」

「水中における北辰の鍵による浮力
張力操作の世界」でした。
☆☆━─…━─…━─…━─…━☆☆

──◆◇INDEX◆◇──
○はじめに
…………………
○考察1「浮力と張力」
…………………
○考察2「天位無相」
…………………
○考察3「無駄な頑張り」
…………………
○考察4「方位・方角」
…………………
○考察5「規矩準縄」
…………………
○考察6「日舞と妙見活法の世界」
…………………
○考察7「妙見問答」
…………………
○考察8「秘伝書拝読」
…………………
○考察9「鏡写し」
…………………
○考察10「一の池の龍と南無妙法」

…………………
○さいごに
//
☆───────────────
・はじめに
千葉吉胤妙星司家
この度も学理講座作成誠に有り難う御座います。
千葉司家御所蔵の日蓮大曼荼羅御本尊公開
誠に有り難うございます。

日蓮宗の信者さんは火事になったときなど
真っ先にこの曼荼羅を護るそうですが
それだけ重要な意味合いのあるもの、
宝物の一つと言う認識に近いのでしょうか。
貴重な所蔵品の公開、
誠にありがとうございます。

前野功妙経会長
このたびも配信有り難う御座います。
学講座配信のキーパーソンになっていただいているお陰で今月も学理を学ぶことが出来ます。
御礼申し上げます。

ハッピー秘書
この度も学理参考資料作成していただき有り難う御座いました。
いつも笑いのツボ(秘孔)を突いていただき
楽しく学ばせていただいております。

自分もいち雑魚キャラとして
張り切って北斗を目指したいと思います。

『考察①』浮力と張力━━━━・

この度の学理に於いて
丁寧に早くの要点に
さらに効率の良い「鍵」のを使った
御教導をしていただきました。

鍵は錠の形状に対して合致し
扉においては蝶番についで開閉を司り
一線を画す事により内外を隔てる要でありました。

先ず、「鍵」自体を考察しますと、
錠前に鍵を差し込み
錠内のシリンダー内機構で切れ目へと
内筒と外筒の境界線上へ並び揃えると
内筒を回転させることが出来ると錠は開錠します。
但し、当然の事ながら鍵は錠の内部構造に対して一致しなければならず、
他の種類の鍵を以てしても錠は開きません。

鍵が錠と一致するからこそ扉が開くのであって
心も身体も閉ざされた状態では中のことを知ることは出来ないと言うことでした。

愛する二人が錠前を掛け
永遠の愛という名の拘束をする姿を
よく観光地で見かけます。

そう、カギは自由な開放の手段だけてはなく、
鍵を掛けるという施錠の役割が主であります。
見方を変えれば結び付けの為の
誓約のお役目も持っているようです。
開ける時の作用と閉める時の作用は
表裏では全く違う意味を成します。

開ければ問題点が浮き上がり
閉めるときは納める。
二次元以下の痛み苦しみを浮き彫りにして
救い出し、鍵穴へ鍵を挿し、収めてから
掛けたらその鍵を引き抜きお仕舞い、
というようなイメージが脱却である様な
印象を感じました。
鍵も開けたら閉める、完全な自由でもあり制約が伴う事がわかります。

そう考えると極意というのは本当に
日常至る所にあるのだなとつくづく感じました。
開けたら閉める、使ったら戻す、
あれもそうだ!これもそうだ!
と毎日の生活の中に気付きがあり
張りのある充実した生活が送れてます。

・霊魂も物と欲に溺れてしまうと沈んでしまうので
水をお供えして浮かばれるようにして
差し上げるという理合いがありました。

地獄には炎だけで水がないと言うことですので
お茶とかお酒で一杯やってもらって
喉を潤してもらうものだと思っておりましたが、
真意は“浮かばれる”でした。

お酒の方が揮発性が高いから早く天国いけそうです、
呑んでるうちは極楽。
スピリッツなどの名前はそのものですね。

努力の結果が浮かばれる…ではなく、
「浮かぶから結果を結ぶ」
努力するだけの価値がある。
となるのだという事がわかりました。

救助の手で救済されたのちに
運の良い結果に結ばれることが
現実問題として見えていれば
予測の必要もなく、少しの労力で沢山の結果を生むことが
出来ることでしょう。
合理的な方法が鍵ですね。

余りに縛りがきついと自縛霊になってしまうのかもしれませんね。
過剰な自己独占欲も考え物だと思いました。
お互い満たされて水入らずの関係だったのが
いつの間にかドライな関係に…
時には花に水を与えなければ
裏方仕事も浮かばれません。
この妙法をしっかり身に付け家庭内においても円満成就の日々を送りたいと思います。

『考察②』天位無相━━━━━━━━━━・・

天位無相の意味のご説明がありました。
無相とは「相対しない事」とあります。
相対的な状態ではなくなるという状態は
“ベクトルが無い状態”
である様におもいます。

学理講座内に於いても
無に親和性をもっている活であることは、
第二螺旋までの御教導により明確な示唆を賜りました。

ベクトルが消える、0次元ベクトル
高次元からから低次元へ、次元を下げる事からすると
点は天でありゼロ次元を示されておりましたので
事実上、点は存在しえない次元でありますが
そこが“キーポイント”となる事でしょう。

空に浮かぶキーの差し込み口、妙見様。

ゼロ次元ベクトル、
つまりはそこに鍵穴を意味しそこにL字の鍵を差し込めば
錠前の出来上がりとなります。
宇宙においての中心天は北極星の錠前で、
そして鍵は北斗七星ですね。

戸大之活の理合いを重ねると、
北天の岩戸へ豊受(宝珠)にて託し、
天地人の和合にて鍵穴に「L」を差し込み、
北斗七星である鍵が一転し大扉の鍵が開く
という作法になるかと思います。

「?」マークは正に
鍵穴と鍵の関係であるように思え、
ベクトルを無くしてしまわなければ
常世への錠へ鍵は入らないということが解ります。

人間が作り出す相対の観念の世界から
自然界の有りの儘の姿である絶対の世界へ
質の転換を求められておりました。

前回の北辰豊受之活では
「-×-」
が表裏妙連ベクトルの整えと言うことでの御教導でした。
この度は更に水の中に於いて浮力の上下の整え
「Ⅰ
×
Ⅰ」
で表され扉の錠前を表されておりました。

扉と錠前の関係においても
宝珠の形の中心の一線を
垣間見る事が出来ます。

自然界では水は重力により球形を構築したがりますが、
巨大な引力下においてはほかの物質に引っ張られ
表面張力により平たく延ばされたり
細くなって落下してしまいます。

北辰天位之活において自然界における人の役割は
重力の押しつけあう力と引力の引き合う力の相和により
延びたり引っ張ったりの拮抗状態にある水を
鍵を使い水を無重力状態に近い球の形状に
近付けるようにすることが勤めであることが改めて解ります。

そして鍵により水中において宝珠の形を構築し
鍵手で中心を捉え宇気あげれば
海中の波紋が広がるように体内で波の波動が上昇し
宇き身となり、宇身のその波は
全身にくまなく伝わることでしょう。

一つの揺らぎの波紋にて縦横無尽に波が伝わるように思えます。

『考察③』無駄な頑張り━━━━・・・

努力は嘘をつかない!
流した汗と涙の分だけ結果に繋がる!

確かに結果を出した人が言うと説得力があります。
しかしそうではない人も多々いる事も事実で
要領を得ていない努力は結果にたどり着けないことは数多くあります。

その発想のベクトル事態に疑問を感じていても
それを証明することが出来ないから
その言葉に従うしかないわけで、
的外れな努力にどれだけの時間と労力を費やすかを考えたら
それは途轍もない利得のロスが見えて参ります。

その多くに相対が前提になっており
最初からベクトルが真逆になっているので
やればやる程に収拾がつかなくなっているように見えます。

相対的な世界を目指す人が沢山いて
成立している社会を考えると
自分を始めとして大多数の人が
相対関係の中に身を置いている事が伺えます。

言ったもん勝ちやったもん勝ちの
主義主張の世界があり
それをらを支援するスポンサーがいることにより
当たりやぶつかり合いが前提となっており、
最初から当たっている事にすら気が付いておらず軋轢はあって当然からのスタートではないのかと考察し、
妙見信仰の廻りを大切にする世界とは
また別の世界に向いているように思えます。

その仕組みが成立している事を鑑みれば
なにも悪く考える事もせず
順手にも逆手にもベクトルを働かせ
自在に相対を殺し無相に至り
良い廻りを構築することを旨とすれば良いのだと感じました。

千葉司家の人振れは当たりが薄い、
若しくは当たりを感じない、
これは当たらないことが前提となっているからこそ
僅かな接触だけで当たりがわかるからであると思います。

御父様は「相対の殺しだ」
とおっしゃっております。
これは自分が我慢すればよいという
“自己犠牲”的精神ではなく、
自分の立場を戒め滅私する作法
そのものであることが伺えます。

“自己を規制“し無相の境地へ…。
これは“相対”から“絶対“への
移行となるように思います。

そして絶対的な条件とは
自然の摂理に寄り添う事と思われます。

巷では答を出さずをあやふやにすることにより人身を惑わす事が多くあります。
そして的外れな答をさも正しいかのように装飾してはほっぽりなげて有耶無耶にするのが常套手段でした。
これでは問答にすらなっておりません。

千葉司家は妙見問答の時、
ある程度の問いを示すと
「答えを言うネッ」から始まります。

これは弁証法のように人が
新しい視点を作り出す発想ではなく
自然の摂理が前提としてあることから始まっているのが見て伺えます。
人間の手が加えられれば加えられる程に
不自然となりました。
だから人の手が入る前に答えを出されてしまう。

ですので弁証法の相対が前提となる考えをするとそこには人工的不自然さが伴います。

しかし、妙見法術の「答えを言っちゃうネッ」の最大公約は
自然のシステム有りきの話の歩みの進め方なので理屈をこねくり回す必要が無く皆成る程ね、と納得してる結果となります。

諸法無我とは、
自然界の摂理に人間の自我が介在することは出来ない。
という意味合いを持つようです。

諸法ハ無我也…。

人間が作り出す「法律」と
自然界の「法」の違いが
如実に表されているのが
妙見問答の醍醐味でありました。

代入すればすべてを見渡す事が出来る、
恐れ多い事にも思えます。

菩薩の作法は
“相手の苦しみは自分の苦しみ
相手の喜びは自分の喜び”
でした。
相対し合うことから離れ自他の差無く接することで、
利得ロスが限り無くゼロになるから
勝手に変換効率が上がる物理になると思いました。

無駄な頑張りを捨て、諸法無我の手になるよう
日々作法を磨いていきたいと思います。

『考察④』無相と方位・方角━━━・・・・・

相対について少し考察をしてみたいと思います。
相対は「時々で変わる基準に評価されること」を言いました。
無相は鍵の効果により幾重にも重なるベクトルが収まっているかのようです。

“櫛 西 白糸 引き 支え 北斗 無尽 滅私”など
これまでに相伝していただいた数多くの手の要点が直角の鍵手の中に収まっており
相乗効果を期待できる技掛けの手であると思いました。
効率の鍵が北斗の手に有りその錠前をあけるのが滅私の作法であると思います。

世界の映像業界に革命を起こしたときの名言があるのですが、
「まさか!?手の中に宇宙を作ったとでも言うのか…」
まさにこれ!
表裏妙連ベクトルのひねりの入ったメビウスの輪、そして妙見神形の二重構造二本立て。
鍵手の中に北斗七星が出来てその左右の指の中心交点が北極星となり小さな宇宙の秩序。
手の中に小さい宇宙と秩序を構築しているのだということが見えて参ります。
ネタだけ知ってるだけではただのオタクの人と別段大差ないですが、
現実的に秩序の構築を手の中で発生させているのを感じ、
理合いと作法が一致するととても感慨深いものがあります。
陰陽生成化育…陰陽はない、でした。
自分で生成化育する現実を体験する機会を得ることが出来ました。

大抵、一般の人は
宇宙がある、素晴らしい!…終わり。fin。
なんだか気持ちが軽くなり心が洗われたかのような錯覚しキラキラしてここで発想がお仕舞いになりますが。
妙見法術はそこから無相を作ってしまう。
宇宙の形象を水を介して手の内に構築する曼荼羅之活もびっくりしましたが、
宇宙の源を水の元から作ってしまう…。

北進の作用を水を介して真理を当てはめて
水源作って水溜つくって水流調節してしまおう!
橋もたててしまおう、要はキーストーンでバランスをとろう!
現実のものとして構築してしまうのがすごいところですね。

話が少し脱線しますが。

一神教教徒が飛び抜けた発想をしないのは
先ず、人の作りし“神ありき”の概念からの発想をするので、
人が無相の構築をするなどは禁忌に触れるので絶対してはならない事のようです。

「ゼロ次元から神様そのものの作用をレンタルしてきたよ~♪」

などと戒律の厳しい縛りの宗教に言ったら
間違いなく引っ張り出されて宗教裁判にかけられ厳罰が処される事でしょう。
制限がかかったところからの
発想をせざるを得ない立場なはずだから
解剖学や構造研究へとベクトルが進んでいくのは当然の理と言え仕方がないと思います。

第三螺旋の要諦は
法道之活では「仲良く」くで
豊受之活では「互栄」でした。
そして天位之活では「無相」の御教導でした。
無相は仏語で
“物事や現象が存在しないこと”
“すべての執着から離れた姿”
とありました。
相対の世界から無相の世界に至るに辺り、
もう一つ自分なりに補完しようと思います。

“相対”に対する対義は“絶対”でありました。
そして自然界における絶対的基準、
それは『方位・方角』でした。
方角はコンパスにより示され
基準は真北をさすのが自然の法則でしたが、
コンパスの針の中心はヤジロベエ状態のゼロ点です。
全ての方角から離れ、また方向が存在しない所。
絶対基準点であるゼロ点が無相の位置へとなることであると思います。

古典力学から相対性の力学へ、
そして量子の力学の世界へ、
可能性の確定を思ったらすぐにそうなってしまう世界への扉を開く鍵となるのか。

そう考えると相対観念に捕らわれているうちは扉のロックは解除されずに天岩戸は固く閉ざされたままとなることでしょう。

第一螺旋から第三螺旋までを省みて偏った観念にとらわれずお陰様を確認しながらバランスよく道を歩みたいと思います。

『考察⑤』規矩準縄━━━━━・・・・・

「規」はコンパス。
「矩」は直角に折れ曲がった曲尺。』←これ。
「準」は水準器。
「縄」は直線を引く墨縄の事。

それぞれは物の長さ、水平、曲直を測る道具で
物事の手本や規範、法則となるものをいう事でした。

孟子も
「規矩準縄があってはじめて、秩序が保たれるのです」と言っています。

また、中国の天地創造の伝説の人面蛇身の神“伏羲”は、その手に指矩を持った姿で描かれ、
コンパスを持つ女媧とともに二重螺旋の身体を持って描かれる事がありました。

天帝を大切にした古代の中国の人が
コンパスに差し金を絵に示している、
天帝とLの差し金と二重螺旋。
見るからに妙見様の作用を示している事が見えてきて
秩序を保つのは北辰妙見の世界である事が伺えます。

差し金が日本に伝わったのは聖徳太子が大陸から伝来されたということですが、
大工さんはその差し金一本で
建築、測量、造船を司り、
何でも出来てしまう万能ガシェトという事でした。
いちいち計算しなくても差し金には
内外に目盛りがあり高度な計算式の
結果が記されております。
大木でも何でも差し金をちょいと180度回せば
もっとも効率の良い切り出しが出来る!
柱の梁も縦横のL字形で構成されております。
水を使わない所でも直角のLの効率が垣間見れます。
物も水も人も張り合いを持たせ立ち上げる、まさに七色の鍵の作用ですね。

そういえば、魚釣りは糸も竿も張ります、
しかも“点~(テンカラ)・線・水面・魚”と
ゼロ次元から三次元まで釣りの要素が入っております。
水の中での操作法そのままですね!

『考察⑥』日舞と妙見活法の世界━・・・・・・

叔母様の教えを少しお借りしそこに妙見様を考察してみますと。

『妙見様はこの世のはかなさと時の流転の妙を秘めた昼夜を表現する存在。

決して日中の光の当たる表層だけを美しく見せているではありません。
明暗を誇示し見せようとしているのでもありません。
時の移ろいを感じさせて下さっているのです。
自然界の諸行は変幻するものですから
地球の様に自身が常に転じている事を作法としなければなりません。
光で見えている面はほんの一部だけ、
光の戻った直角の見えない陰の内面の宝珠の水の循環、
体内の水の揺らぎは感じてくるもので。
感じた水もの、血の流動となるものが本物の表現です。
意識の条件反射で感じるものは頭の出来事、
魂と陰で感じるものこそが水の身体、
丸事(球)の出来事なのです。』

とお借りしました。
内面のお話なのに外から見ず状態を、
そして体内の水分の分子が宝珠内面からの流動にて動き起こすという
その中で6方向と中心を合わせると
7方向の妙連ベクトル状態にする事が解り、
七色の鍵を使った完全トランスの作法であることを理解することができました。

『考察⑦』妙見問答━━━━・・・・・・・
一方的に難題を突き付けられたとき
答えを見いだす後ができなければ
無理だ~駄目だ~からと
真っ直ぐに道を進むことができません。
自分の力を発揮する事も出来ませんが
うまくひねりを入れて捌くことが出来れば
無理難題も承り受け入れ受け流す事が出来ると思います。
上から難題を押しつけられても
水の表面張力の如く端へ流して一周回して
下から上へ対処すれば良いし、
水の操り以外の観点で、
ネジのよう横方向に頭をひねれば縦方向に出入りが自在になります。

人振れも鍵手を患者さんに触れ
自らが一線引きして身体を鍵足で90度引けば
鍵手で水の操り、鍵足でネジの作用が
同時に起こるように思えます。

『考察⑧』秘伝書拝読━━・・・・・・・・

この度も秘伝書を拝読させていただきたいと思います。
北辰天位之活
これは妙見門の中における相対から無相への調えで、無相の立位置であります、
一画を成すは無限です、方位と確度を7方向調えて0にすれば道はおのずと開かれます。
道の終わりをなくして仕舞えば宝珠の無限の循環のなかでお仕舞いが無くなります。
三次元からゼロ次元へのベクトルを向けて、相対から無相へと目前の事象を調え、七変化の鍵で錠前の鍵を開けましょう。
直角の鍵を使い効率化を図れば妙見様の作用を自在に操ることが許されます。
方向には6つの掛けの方位ベクトルに中心の点のベクトルがあり、北辰の如くL字形の鍵が天帝の鍵穴にて1回転することにより、北辰妙見の法力が起こり無限の生成化育が起こります。
Lの象形を構築し縦一線、横一線を画すれば勝手に縦横無尽に水が巡り始めるものなのです。
点の始まり一線を画し、神々の世界へ結ばれるのは地からの力の妙連であります。
道引いて頂く無相への道、目前の事象にとらわれず次元ベクトルを遊び二次元以下を整えれば自らに一線を画し変幻自在に効率化がはかることが出来ます。
二次元表裏ベクトルの先に水面があり
表面張力の浮力のを利用するのが効率の鍵です。
水の中における浮力の方法は鍵掛けによる力の効率にあります、活法の術中におけるはじめての鍵手です、これが神仏の世界の扉の開閉の方法です。
水の中における浮かしと移動は開かれた角度の妙術により、妙見神形が現れ絶対自由の世界が現れるのであります。
となりました。

『考察⑨』鏡写し━━━━・・・・・・・・

現世とは常世から映し出された姿でした。

自己規制をかけることにより相手に規制をかける事が要であるとおもいます。
“自己犠牲“ではなく“自己規制”
相対の殺しを行うことが無相となっていると言うことでした、
ですので鏡の写しの如く自分の行ったことが相手にも同時に起こる。

そこで考察すべきは、
自己を犠牲にすると言うことは相手にも犠牲を強いるということになる事でしょう。
仁の作用から考えてもお互いが苦しむ結果を産むこととなります。
で、自己規制をすると相手のにも一線引きが起こる事でしょう。
第一螺旋一条仁之活の示し合いが重なりを感じます。
それは鏡写しの如く、
自他の差がないという事実を認識し仁術をお借りし和合すれば、
「人と人との御中における天の作用」妙見様の作用をお借りすることが出来ると言うことでした。

人の苦しみは自分の苦しみ
人の喜びは自分の喜びとなることでしょう。

過剰な反応を起こさせるのではなく一歩引いて足ることを知る作法を「自ら」の作法により構築を起こし相手にも同じ状態を構築してもらう。

自分の魂の鍵穴に指したら
相手の魂の鍵穴にも入る
無想の事実だけ見るとあり得ないことがあり得てしまう不可思議な世界が
常世から現世へ
現世から鏡写しへお互いに
お互い様から無相へ…。
プラマイゼロの無極になってきるのでしょう。
天之御中主の作用に少しずつ厚みがかっているようです。
北辰一条之活が今から楽しみです。

・鏡には様々な作用が込められているという御教導でした。
人の心を魅了したり錯覚を起こし興奮させたり用途は多岐にわたります、
アリストテレスは鏡の光の収束で
光学兵器を作っていた程です。
同じ物でも使い方によっては殺にも活にもなるまさに質の転換ですね。

現代の魔法の鏡にして御伽噺の魔女達もびっくりのハイスペックミラー、
総人口の半数を鏡中毒に陥れるマジックミラーです。

その名も『スマートフォン』

あらゆる人の要望を満たすことが出来る魔法の鏡。
いいスマホであればあるほどに魔力と解像度が高くしかも編集できます。
美人な人はより美人に、
其れ成りの人は…まあ其れ成りに
綺麗に映し出されます。

手のひらサイズの光の鏡に首ったけとなり自分が吸い込まれてしまいます。
手元の鏡に自分を撮せば一瞬にして世界へ自分の魅力を配信映すことが出来ます、インスタ映えという流行りのツール。
鏡の効力の絶大さに恐れおののきます。

話を戻しまして、経営のお話へ、
室外に鏡を取り付けるのはちょっと難しい…
と思いましたが、頑張って検索をかけると。
流石現代の魔法の鏡、瞬時に市場を映し出すことが出来ます。
Amazonでマジックミラーシートを発見!
しかも安い!
ガラスはサッシとの間で立体的に見えるから浮かしているように見えるかと思います。

自分でも簡単に張り付けられる事が出来そうでガラス窓を鏡へ、
質の転換を起こしてみたいと思います。

このたびも貴重な経営法
光の寄せ場の理合いを公開していただき有り難う御座いました。

『考察⑩』一の池の龍と南無妙法━・・・・・・・・・・

この夏一寸御縁がありまして
小さな日蓮宗の結社の檀家さん達と
日蓮宗総本山身延のお山であります
七面山へ登る機会がありましたので
荷物持ち件雑用をかねて登って参りました。

まあ、聖地巡礼というやつで御座います。

南部の道を奥へ奥へと進み
緑の色濃い道中は、至る所に七曜紋があり
北辰妙見信仰の影響が色濃く伺えました。

七面山敬慎院まで登頂すると、
日蓮上人が龍を見たという
「一の池」がありました。
丁度、千葉司家に御教導して戴いている
分野だなと思いましたので
ちょいとお暇をもらって水辺まで行くと
第三螺旋、龍を見る理由を学ぶ機会を得ることが出来ました。

標高約1700メートルにある小さな池でしたが
丁度湖畔の木々が風の道を造り出し
風が吹き抜けるような形状になっており
池の中に一陣の清々しい風が吹くと
一直線に龍の鱗のような白波がたちました。

湖面に移された北辰、光の反射、風の通り道、水と波が織り成す自然の演出です。

これらが全ての条件が揃うと湖面に龍が走るかのような錯視がおこります。

風が吹くと波が立ち湖面に鱗模様が出来て
真澄の夜空に光る北斗七星が一之池に映し出され
龍の姿に見えたのでしょう。

実際に日蓮上人が見たものが自然現象であったのか、
はたまた本当の龍だったのかは定かではありませんが
龍という妙見法術の理合いからの
視座で現象だけを捉えれば、
そう見えても過言ではないなと感じました。

妙見法術序の理を御教導していただいていたからこそ理解できた自然現象でした。

登頂途中、同伴登山者が足を痛めてしまい膝が動かなくなりました。
さぞお辛いだろうと思い
可哀想でしたので妙見丁之活をお借りし
屈伸運動をしてもらうと瞬く間に足の回復が見られます。

やっぱり聖地では効果も倍増なのかな?

と思うほどの改善ぶりだったので本人も大変喜んでおられました。

そこで私、調子に乗り、

「南無妙法~ですね」というと
信者さん
「南無妙法蓮華経ですよ」といわれたので、

「南無妙法蓮華経の意味は妙見法の宇宙のシステムに帰依するって意味ですね?」
と聞いてみると、
信者さん
「あなたなにいってるの?日蓮大上人様に帰依することよ!!」

まあブチ切れられたわけです…。
日蓮上人様を最上とする人の地雷を踏んでしまいました。

長い年月に於いていつの間にか自然への信仰対象から
人が人を信仰対象する形に変性してしまっているようでした。

それでは絵に描いた餅が
棚から落ちてくるのを期待してるに過ぎず
救我無い…のではと思いました。
求めてもいない訳だから授けられない理由がわかってきます。

もう一歩踏み込むと
人は自分の予測の範疇の中で治療をしてもらい
自分の予測の範疇の中でしか良くなりたくない。
と思っていることです。
有限的であり無限という概念に基ずくことがとても苦手なのだと言うことが自分にも当てはまるなと思いました。
ココはとても大切なキーポイントになると思います。

想定したそれ以上の何かが起こる事、
奇跡的な変化を見せることも理合いを知ることも
大きなお節介のようです、気持ち悪がられるだけ…。
良くなりたいけど事実を求めてはいない。
なんたるご都合主義かと思いますが
そんなものなのかもしれませんネッ。

まあ、信者さんは元気になって無事下山して下さったので結果オーライでした…が、
「ちょっとお手伝いしたら沢山嫌われた」
のは解せないなと感じます。

南無妙法~。

//
☆───────────────
最後に静岡研鑽会恒例の一句を読ませていただきます。

北辰ノ 錠前廻シテ 無相也

━━━━━━━━━━━━━━━━☆
千葉吉胤妙星司家
前野功妙経会長
ハッピー秘書
この度も学理講座配信誠に有り難う御座いました。重ね重ね御礼申し上げます。

以上で課題レポートとさせていただきます。

この記事の著者

正伝妙見活法協会
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一千年の歴史を有する正統なる古伝活法『正伝妙見活法』を第24代継承者である千葉吉胤妙星師が直接教伝いたします。
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