「妙見活法」は宇宙(自然)の法則に整合した究極の自然療法です。正伝妙見活法協会では一千年の歴史を有する唯一正統なる「妙見活法」を第24代継承者である千葉吉胤妙星 司家が責任を持って本物の整体術を直接相伝いたします。正伝妙見活法協会には本物ゆえの長い歴史と正しい伝統があります。
公開日:2018年10月15日

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第28回正伝妙見学理講座北辰丁之活
課題レポート
━━━━━━━━━━━━━━━━━
前野功妙経会長

いつもお世話になります。

静岡市葵区佐々木真吾です。

第28回正伝妙見学理講座北辰丁之活

課題レポートを提出させていただきます。

☆☆━─…━─…━─…━─…━☆☆

この度のテーマは
「二次元ベクトルからの脱却」

「壁面の後ろ盾から
より動く世界への質の転換」
でした。

☆☆━─…━─…━─…━─…━☆☆

──◆◇INDEX◆◇──
○はじめに
…………………
○考察1 二次元ベクトルと休息
…………………
○考察2 自然界の引き出し
…………………
○考察3 好きです!“金”と言う名の魔物
…………………
○考察4 蝶とクモ
…………………
○考察5 力の源
…………………
○考察6 丁力
…………………
○考察7 秘伝書拝読
…………………
○考察8 床屋と情報
…………………
○考察9 達磨さん…転んだ?
…………………
○さいごに
//
☆───────────────

・はじめに

千葉吉胤妙星司家
宿曜・星・北斗曼荼羅の御公開誠に有り難うございます。
今まで見たことのある曼荼羅とはまた別な印象の曼荼羅で、
必ず中心に北斗七星の構図がなされているのがとても印象的でした、
星物語りを二次元の形に纏められているようにも思えました。
この曼荼羅の中にとれだけの作用の意味が含まれ
お陰様が内在されているのか。
この度も学理講座を拝読させていただき
面の曼荼羅の中に眠る情報と作法を拝見し
地域にお役立ちが出来るよう努めさせていただきたいと思います。

前野功妙経会長
この度も学理講座配信誠に有り難う御座います。
謹んで拝読をさせていただき会員の名に恥じぬよう考察をしたいと思います。

由利はるな初日秘書
資料作成も構図などを決めるのは御手数と思いますが、
そのお陰で学理講座に広がりを感じることが出来ます。
毎月段々と資料が多くなってくるのが楽しみであります。
この度も後ろ盾となっていただき
参考資料作成、誠に有り難うございます。

━考察①━二次元ベクトルと休息━━━━━・
北辰丁之活において
第三螺旋の山場を迎えることとなりました。

この度の学理講座に於いて
自らが改めて確認しなければならない事は
二次元の特性であります。

三次元においては立体的であるが故に捻れや歪みを生じ
全体のバランスを取ることが出来なくなると
不具合として症状が顕在化して来ますが、
それられの問題は我々人が治せる問題ではなく神仏の作用からでしか解決に至ることは無い
ということをしっかりと認識しておかなければならないことでありました。

そしてその不具合を改善に至るまでの道のりは高次元から低次元へと次元を下げる事により
究極はゼロ次元下における神仏の作用が
不具合を消滅し自然の働きを取り戻すという事でありました。
三次元内にもゼロ次元下にも神仏の計らいはありますが
その法則性を理解し正しい道のりを構築しなければ
それらはただの絵空事となってしまいます。

・自己の我が介在しないような滅私の構築行い
物理的・和算的に量目を物理演算し
自らの能動性を遺憾なく発揮し
自然の姿へと戻すための運送代理店としての
お手伝いをさせていただく事でありました。

この度の学理講座におけるベクトル転換は壁面を使い
“三次元から二次元へ”そして二次元から三次元へと無理矢理脱却して質の転換を図ることにありました。

作家“ダニエル・W・ジョセリン”の言葉を借りると

“休息とは回復であり何もしないことではない”

と言うことですが、
体は疲労からの回復をはかる為に
二次元に身を預け整理をして来るのだと
捉えることが出来ます。

この特性を改めて自然の働きかけから見つめなおしてみると
人は二次元との関わりの恩恵の中で活きていることが具体的に見えて参ります。

無に近づけるよう手数を重ね、重ねの一触れにて
“自我が何もしなければ自然は何かをしてくれる”
一見、言葉だけでは二律背反した矛盾を感じますが
自然は我に一線引きをして道に則れば
見えないところからの妙見様の作用が働き
その“何か”を沢山してくれました。
これは今までの相伝の内容を振り返り現実的に見つめると恐れ多くも事実であります。

小さな一点の控えめな星が中心にて全ての夜空の運行をしているように、謙虚に作法をお借りし効率よく生成化育のお手伝いをしたいと思います、
ちょっとなのに沢山ですね。

また、人が余計な事をすると
何故か穢れをおこし自然は何もしてくれなくなります。
作為が介入すればするほどに神仏にはそっぽを向かれてしまいます、
これは一側面では人間が間違った方向に猛進している事を示しているように思えます。
善悪判断やその時々における物の価値観など
自然界から逸脱した全く関係ないことに於いて尺度を作り出し錯覚の中で埋没しております。

自然界のイタズラを理解し
人の余計なイタズラを慎む事で
医神同根である妙見活法の意味が
この度の二次元ベクトルの特性において明確になり大きな学びとなりました。

二次元ベクトルからの脱出だけに
患者さんを二次元から脱出できれば
“面目躍如”となることでしょう。

出すときは出し、引くときは一線引く、
正しい作法に則り結びに至るお手伝いをしたいと思います。

━考察②━自然界の引き出し━━━━━━・・

・引き出しは数が多ければ多いほど
あらゆる事象に対応が出来ることと思います。

二次元ベクトルは面の
「引き込みと押し出し」の妙術を使い
瞬間的に質の転換をする事でした。

一見、二次元の何もない面に任せておくと
いろいろな仕事をしてくれるなんて、
壁面はとても面倒見がよいですね、
労働と対価は比例するのに自然の作用が合い舞うとなんと三倍にもその効果がでてしまう。

それはミチの道、“形に見える身”を“形に見えない地”へと二次元下に送ることにより
常世の世界において質の転換をしていただくのだという事を学ばせていただきました。

勝手に良くなり勝手に質の増大がおこるなど
本当に有り難い事です。

・発酵食品を代表する食べ物は
一定の条件下において
仕舞い込んで“寝かせる”事により
いつの間にか質の転換が起こり
栄養価の高い食品へ生成化育が起こります。

人の知識や記憶も書き出して考え込むと煮詰まるので、
脳が情報を纏め上げ整理するのに
暫く寝かしておく必要があります。
そして暫くほっぽらかしておくと
ある時を境に今まで全く解けなかった
問題や困難が突如として

「ハッ!?」
キュピーンと閃き
解決の糸口と鍵を見つけ
突破口を開くことがあります。
この境目の目が二次元の表面張力の瀬戸際のところなのでしょう、
いくら考えたって駄目なときは駄目なのに…
ある時を境に発想の転換が図られ
困難な局面である難局を脱することが出来ます。

“ハッ!”の境地は二次元下に於いて質の転換を起こし
脱却した状態である事が伺えます。

カタカナの“ハ”も“8のハ“ですね。
八方塞がりから八方破りへ、
発酵も八光も七色の鍵で整った状態
閃いた時は豆電球がピカッと光った描写をします。
総て壁の面で反射させた光だから「面白い」ですねー!

寝かして二次元からの脱却の人触は正に
鍵八丁の作用であることが分かりました。

そして千葉司家の御婆様が
泥棒に当て身を当てて二次元に寝かした後に
お味噌汁の水ものを飲ませて差し上げた意味が
ここでまた繋がりを見せてくださりました。

八丁之世界。

引き込みからの三次元に脱却する押し出しの妙術である秘結が伺えました、
一丁前の七の世界は未完の変化を大切にしてゆく作法でありました。

では、八丁前の大切は…ゼロか…。
あっ口八丁だ!





立体化の入り口から丁度の整いまでの
北辰の法道之活から丁之活までの流れが
ここで一つとなり起承転結が整いました。

━考察③━好きです!金という魔物━━・・・

・「御父様の商法と教え」の中に
お金の魔性にに対するお話がありましたので、
自分もここで今一度お金に関して考察したいと思います。

エネルギーとは仕事をなし得る能力です。
仕事を成した結果お金になります。
つまりお金はエネルギー
エネルギーを熱量と捉え経済を見てみると
活気や熱気がある所はお金の廻りも良いようですね。
さて、自然界からみた熱量はどうでしょうか。
宇宙から照射される膨大な熱量を円建て換算すると、国家財政はその支払いに一月もたないであろうとおもえます。
熱量だけを考えれば自然界との間には凄まじい遣り繰りをしているのですが人間と自然の間には実体経済など無く、
一方的搾取が自然界との基本契約です。
まさに“母なる大地に搾取あり”です。

この無い所からの立場、立場を与えられていると言うことを認識することが
「自分の立場と立ち位置を謙虚に守ること」
である事を忘れずにしたいと思います。
そしてエネルギーの絶対量で換算するのではなく
質の量で換算するべきなのだと考察しました、
自分が体内から発生している熱量なんて電力換算したら
扇風機を回せる程度の熱量しか放散していないのです、
全く大それた事など出来ないので
謙虚にお借りする以外に無いように思えました。

“消費は美徳…”
ロストジェネレーション世代のド田舎育ちなので好景気がなんたるかを経験したことはありませんが、諸会員とバブルの時のお話を聞くと浮き世は凄まじい浮かれっぷりであったことが伺えます。

バブルの時は良くも悪くも皆お金を中心に物を考えていることがスタンダードの様でした↑。
だからこそものの見方が不確かで地に妙連することを見失ってしまったのでしょう。
バブルも弾ければ正に「地下への暴落」
二次元以下に質の転換をしてしまった結果
過剰に活性化し過ぎてたシステムがダウン↓したと言ったところでしょうか。
自然界の強制力が働いた結果二次元下に落ちたのですね。
“力が出なく”なる、
“地から脱却できなく”なり
不活性化の鍵がかかって仕舞いました。

妙見法術と照らし合わせてみると起こるべくして起こっている事象が如実に見えて参ります。

・さて、現在の仮想通貨を見ても同じ事がいえるでしょう。
実体経済が仮想世界に飲まれた現代、
お金の意味もその分明確になり
人の想像の中で創り出されているだけのものである事が見えてきました。
誰かが百億円持ってます!と言ったことに対して多くの他者が
イエス!ユーハブ!と認証してしまえば
その百億は成立してしまうのが仮想通貨の世界。

「俺、金持っているよ~!」
という錯覚を自分以外の誰かに承認させれば
成立してしまう恐ろしく馬鹿げているシステムでした…。

価値なんてないものに価値があるかのような錯覚をおこしてしまうシステムを不自然極まりなく思うのは自分だけなのか…。

そして「カードでピッ!」
売り手と買い手の間に
“点と点”の接点における線の関わり合いで
経済が成り立っています。

経済市場はさらに“0と1”の信号を点滅するだけのコンピューター市場にトレーダーはその立場を乗っ取られてしまいました。

次元の考察を介して考えるとすごい時代になったもんだなと思います。
3→2→1→0と人の頭の中で現実と仮想の激しい乖離のベクトルダウン!

昭和のバブルは土地を対価として成立しましたが、
現代は対価無しの虚実錯覚の世界。
泡も出ない…。

本当はお金なんて無いけどお金しかない、
それが現代の現実。
お金はある面で魔物…二次元の錯覚でした。
所詮は金という認識も大事かなと達観する視点も
少々不遜な発想ではありますが
必要なのではないだろうかと思います。

お金は大事、本当にそう思います。
しっかり働いてちゃんと使う!

そこで今一度考えることは
経済の後ろ盾となっているのはやはり自然からのお陰様、
人間社会が自然の作用により成り立っていることを改めて考えることでの物の価値を見極める目が養われる事でしょう。

この薄い世界から出来た仮染めの平和も好きなもので
構築された平和の中にどれだけのお陰様があるのだろうかと考えれば、
そこにはしっかりと三次元という実体との関わりを感じます、
山を切り開き谷を埋め平地を作り平和な環境を作り上げた多くのご苦労様。
平和を維持するのにはそれだけの後ろ盾があり“いい所”を作ってるのですね。

だからこそその思いを汲み取り適正金額、
金を集めるだけのインチキや人を騙すような
イタズラをしてはならないと考察しました。

・お金を水とたとえれば、
大阪商人、商売人の言葉を借りれば
“金も水も天下の廻りもの。”
過剰にため込む必要がない事と
見通しを立てる事で永続性のある
よい循環を生み出す事が出来るのではと思いました。
また、運送業代理店としてのお役目を果たすかを考え、
いかに自然界からの恩恵を賜り大切に使うかと言うことが見えて参りました、作法そのものであります。

「その錯覚は無しネッ」
で、痛みも苦しみも二次元の中に消滅させてしまう妙見法術。
全ての意味が見通せているから消滅と脱却が可能なのでしょう、
此処でもなぜ法力が借り物であるべきなのかと言うことが理解できます。
一面だけの思い込みで
天から
「それ錯覚だよ~」と言われても。
自分では
「そんなことはない、これは俺の物だ!」
と主張したくなるものです。
お金も痛みも。

二律背反の矛盾した世界を同時に伴い
視点を入れ替える事が要であるように思いました。
真逆に見えるベクトルを同時に捉え
無相の視座と発想をできるか出来ないかが
鍵となる様に思えます。

・真澄の夜空を見上げれば広大な夜空の星物語りを見ることができました。

宇宙から見たら人間の作り出した価値など無いに等しい位の小さな価値でありながら、
また同時に人間が夜空を見上げれば
無限に近いの世界の彩りを認識することができます。
マクロである極大側からみた世界と
ミクロである極小側からみた世界、
太一転換、根の入れ替えであり
価値の“値の”上れ替えを同時にできるかが
滅私の作法をお借りできるかどうかの要点でした。
目先の問題を認識しながらもその背景を同時に
感じることができるかどうか。
お陰様の陰の後ろ盾の作法であるように思えます。

指をいっぱいに広げ少なくするのも滅私の作法でしたが面を使い世界をどう認識するかも滅私の作法であることが考察できます。

主観の我だけで見えすぎている物を
客観的に見るというのは中々難しいですが
自他共偏った一面から脱出して
活きた作法により粋な人生を送りたいとおもいます。

━考察④━蝶とクモと━━━━━・・・・

・水が二次元から出た結果
脱出した三次元の無相の形を呈し
さらに見えなくなり上昇して
空中に浮かぶ“雲”になると考えられます。

出雲の名前は見えない面からわき上がる
黄泉の国との関連性が示されているように
常世からの作用、
つまり、二次元以下の世界の作用から
三次元に現出している事を見ると
神話の世界から自然界のシステムを
垣間見ることが出来ました。

季節は秋、神無月です、神様は皆一路出雲へ、
口八丁手八丁の作用が上昇気流にて出雲立ち
二次元から脱却した形象に見えて参ります。

上昇しきった雲は上空で冷やされ
雲は再び球形になりたがり
(休憩しようとして)
集中個体化して雪の結晶になります。

「雪戻り」

「↑行き戻り↓」

「水の仲間たちの下へ」
元へと戻り帰ってユキます。

そして
「雪帰り」は

「↑生き返り↓」を意味し
生命流転の宝珠、
再生と循環の法則性を感じることとなります。

北斗七声にもありました。
雪は時と場合と相手により
善にも悪にも自在に変わることを。
そして北辰シリーズでは
水はなににでも姿形を変える自在性を伴っておりました。

殺にも活にも入れる殺活自在の存在、水。
水は偏りのない存在であるからこそどちらにも自在に方寄れ、
天位無相であればそれすらも手中に収まっているので
相手の心の鏡にどう映るかは相手次第ですが、
如何様にも仕掛が出来るように思えます。

・また少しひねりを加えてみると
蜘蛛は鍵足により表面張力を起こし
自分の巣に足が絡まらないように
なっているそうです。

蝶は蜘蛛の巣に捕らわれると
平面の巣である二次元から
脱出出来ない状態に陥ります。

“女郎蜘蛛”の例えのように
蜘蛛の巣にに引っかかったら最後、
もがけばもがくほどに抜け出せなくなってしまいます、
丁度二次元のお金の罠に騙され
もがき苦しんでいる人のようです。

仏の手で蜘蛛の糸を操り二次元から助けることも出来るし、
蜘蛛の巣で二次元へ絡め取ることも出来る。

反応反響反射を見通す力を兼ね備えなければ
二次元脱却の手段を持ち合わせれず良い結果に結ぶことは出来ない事でしょう。
それは“自業自得”である
ということを自戒したいと思います。

水も二次元も質の転換により浮かばれる救助役にも、
また二次元に縛る事も自在な存在である様に思えます。
殺も活もどちらも鍵を担っています。

千葉司家がおっしゃるように
「二次元が悪者なのではない」になりました。

・自ら、水からの責務であると自覚があれば
これ自体が勝手に“峻厳さ”を養う作法となることでしょう。
これも人間性を高める浮力の作法であり作用ですね。

お金の一面に囚われ「雪止まり」にならぬよう
蝶のように舞い雲のような自在性を身に付けたいと思います。

━考察⑤━力の源━━━━━━━━・・・・・

・丁之活シリーズの重要なテーマは
「力」の源でした。

第一螺旋では整えを
第二螺旋では地からの力の反応・反響・反射
第三螺旋では二次元ベクトルから水面張力、張力を利用した面からの脱却でありました。

北辰第三螺旋からの御教導は
“水と波動の操り“

法道之活は起、龍宇気、隆起を
豊受之活は承、豊宇気、球割りを
天位之活は転、宇気舟、船一艘引きを
丁 之活は結、宇気上、干になる結果を結び

丁のフックが二次元へと入り込んだ形→干、
宇のウカンムリは宇宙そのものを示しております。
で、その下に星が入るから「宇」星の気ですね。

水も水蒸気の粒子になれば丸くなり面から“干上がる”ので
宇宙空間においては水も星も同じシステムで
構成されている事が分かります。

起承転結の結びは星(干)との結びに至りました。
つまり“浮き上がり”に至り起承転結が構築されました。

起承転結も七塚の中で生成されて地上と水面の生成化育の動力源を学び
今後の一塚一塚を越えることがとても楽しみになりました。

━考察⑥━丁力━━・・・・・・

・千葉司家のお父様が仰った事は、
“丁之活、これがわからないから治らない“と。
それはそうですよね、と改めて思いました。

心の収まりがつかない者が他人をなだめることなど出来ないように。
自分が正しさが無いのだから治るわけがない。

腫れた患部もむやみに張りを取ってはならないように精神も身体も痛む部位に張りを作り張りつめてその部位を麻酔化させて
一時的に痛みを消失させているからだと思います。
それを緩ませたら、痛みがある所へ戻ってしまいます。

人格だって突っ張ってる人は
突っ張ってる意味があってやっているのだから
それを勝手な予測と教育で修正しようなどとは思ってはいけない。
全てに意味があるなら突っ張る事も大切であります。
心のわだかまりも消失して痛みがなくなれば
勝手に直る事でしょう、素直に…。

身体にも人生にも張りのある生活をしていただきたいですネッ。

・張力とはテンションとも読めます。
テンションは上げておかなければ弛んでしまいます。
また、テンションが低ければ水の圧力で浮かばれなくなります。
お腹がでて腹が張っている人や突っ張って生きる人など
張り場には常に立体化して立ち上がろうとする特性がありました。
丁力があるのだから上に行きたがっている、 生きたい…。
生きたがる特性を見つめ浮かせば不具合は勝手に消失するはずです。
詰まるところ仕手は余計なことばかりをしてしまっていることが見えて参ります、手詰まり。
つまりをとるべき問題なのは患者さんではなく、
己の思いと行いです、自らに水から行動する事を
神仏から求められている作法でした。
過去へ坂上り、沈み込んだ自分を反省し浮かび上がらせなければなりません。

・で、更に話を詰めてゆくと
とどのつまりは“皆、正しい!”となりました。
正しく無いのは自分のみである事がわかります。
究極、本当に正しかったら人触れしただけで
すべての症状を改善できることになるはずです。
治せないのは自己責任ということは、
自分の課題が浮力により浮きぼりになったと捉えれば
またその先に新たな調和を求めることが叶うことでしょう。

常にこれで良いと言うことはない、
未完の北斗の廻る作法こそ
これに尽きると思います。

?→7→七→力→正→卍→∞→○→・→?

全ての者は他の者との関係でその意味を持ち合わせ、
だれも単独で意味を持ち合わせることが出来無いものであると思います。

もし、無を認識することが出来たのなら、
過去にも未来にも全ては永遠に存在するものである事を作法とする事でしょう。

━考察⑦━秘伝書拝読━━━━・・・・・・・

・この度も秘伝書拝読させていただきます。

北辰丁之活これは妙見門の中における二次元下における整えの作法です、
動けない二次元に身を修めた後より動けるようにするための作法です、
次元ベクトルを下げ納める事は情報整合の基本です、
納めの元は直角の複合です。
金ばかりに捕らわれて二次元に埋没しすぎる事は身を崩し欠落します、
修めをするのは自然界の我が介在しない面です、
丁力の直角の複合なくして正しく収まることは儘成りません、
二次元下から納まりを脱却すれば宇宙の宝珠の形に水が戻ります、
二次元ベクトル脱却なくしては再生の始まりはありません。
正しく作法を行うことにより二次元の魔性に囚われることはありません、
壁ぬけの術にて治めれば、
謙虚に立場と立ち位置を知る塩梅を知ることが出来ます、
天の錠前へ自在となります
丁度は鍵形となり、
北斗七星の鍵が北極星に合わされば常世への扉は開き、
宇宙の基本形象である天地の宝珠の作用をお借りすることが出来ます。
二次元の作用である大地の壁の力を借りて歩む時、
正しい作法には二次元の面の作用があり、
正しくお借りしなければ脱却が成立しません、
立場が合えば挑まず、力まず、逆らわず作用を受けることが出来ます。
母なる大地の作用からは重力の恩恵があります、
疲労回復は立体空間では出来ません、
疲労を取るには必ず床面で休みます、
面には山場の峠や水場の水面張力により跳ね上げる作用があります。
身体の隆起を壁面に当てて
不活性化すると二次元の引き込みにより動きが不動となります、
立場を三次元から二次元へ狭間を繋ぎ次元を落とすことにより不具合を殺します。
壁からぬけて再び人を三次元へ立たせます
活力を与えるのは妙見様の陰の後ろ盾です、
丁の形象にある様に謙虚に足ることを知り端を知り正しくする事です、
二次元から生き返り三次元へ再生されれば活力が伴い再起動する事が出来ます。

となりました。

━考察⑧━床屋と情報━・・・・・・・・

・「ペンは剣より強し」の格言がありますが
ペンがより剣を強くするのが妙見法術でした。
文武両道ですね。

絵画も一回下に絵を書いてその表面を
もう一度書き出し上書きをするようなことをして
情報の潜在的厚みを出しています。

二次元ベクトルに不活性化した後、
見る者の中で立体化させ情報の活性化するから
心の琴線に響き渡るのでしょう。

作法の厚みは体の中に情報を収め
秘めておかなければならないのだなと思います。
韻声も言霊も語る者によって伝わる質が違うのは
情報量の違いが影に内在されているからなのでしょう。

薄っぺらい人間である自分が人に影響を及ぼすことが稀薄なのは
陰の情報量の違いであるように思えます。

それには御教導頂きました壁を使った
後ろ楯を認識し情報を十二分に発揮したいと思います。

・「いいとこ床屋の縁の下」
秘密にしたい良いところは疲れをとる“床”にありました。
そしてその中を掘り進めていくと、
遠い昔は風呂屋と床屋は情報交流の場でした。
床屋の縁の下、
つまり情報を集められる広場なども含まれているのですね。

「奥さん~、知ってる?いい所あるのよ~!」

二次元の情報整理には
「人の集まる所」へ行き
そして人の集まる場所は
「情報の集まる所」である
場所に顔を出さなくてはなにも始まりません。
「どこ行くの?」
「いいとこ床屋の縁の下~」
誰にも知られたくない“情報”を仕入れに行くのですね!
自分も足繁く秘密の妙見広場に行きたいと思います。
「どこいくの?」
「いいとこ柏の椎名ビル~」

・さて、いいとこは床屋の縁の下でしたが、
静岡ローカル弁でどこ行くの?と聞くと
「いいとこまんじゅう」でした…。
ぜんぜん関係ないですね…。
饅頭食べて血糖値上げる程度は
活性化するかも知れません。

━考察⑨━達磨さん…転んだ?・・・・・・・・・

・面壁九年の末悟られた達磨大師も
絵に見るような厳つい顔つきではなく
悟られた時はるいそうを呈して
自分だけでは立ち上がることすら出来ない位に衰弱されていた
という記録を読んだ事がありましたが、
壁を使わず疲れ切った極限の中で悟られたのでしょうか。

“だ~るまさんが転んだ!”コロッ
8→∞
ではないですが、疲れきった大師がちょこっと休憩しようかな~と思って
おもむろに前後回転し、前にあった壁に背を当てた瞬間…、
「どっこらしょっと…あっ!後ろ盾だぁー!!」
で悟ったなら伝説の達磨大師も親近感湧きますね。

九年間も自力で道を求める姿は流石伝説に残る大師、
自分なら髪も剃らない“三日坊主”です。
まあ、自分もこの医道の道を求め20年なので
道草喰いまくった雑食通治療師として
迷った路だけなら多少勝負になるかもしれません…

っと冗談はさておき、
求道心の求心性だけではなく
遠心性の円心も大切。
求心と遠心の両方が相まって
背景を知り壁に映る影、陰を知ることにより
二次元的な情報から三次元的な行動に移せるのでしょう。
やはりお陰様ですね。

限界の壁と破るよく巷では言いますが、
限界の壁こそを妙見法術は後ろ盾にしてしまう。
なにせ限界の先は無限なのですから。

相対性理論、力学においては
光の速度を超え限界の壁を突破すると
理論上空間が横長に伸び
無限の質量が発生してしまいます。
空間張力とでも言うのでしょうか?
と言うことはその一歩前の
“限界の壁”を使ってしまえばよいと言うことになりますね。
張り詰めた空間の面…
そう、光が帰った場所である陰を使えば
良いと言うことになります。

水の表面においても-×-で無限でした。
達磨も8をゴロンと横にすれば∞。

悟れば同じ、無限の“境地”陰の後ろ盾に至るのですね。

情報の宝庫の秘訣、
御教導有り難う御座いました。

//
☆───────────────

最後に静岡研鑽会恒例の一句を読ませていただきます。

我ガ吾ガノ我を仕舞イ
御陰御陰ノ後ロ盾

━━━━━━━━━━━━━━━━☆

この度も学理講座有り難う御座いました。
以上で課題レポートとさせていただきます。

有り難う御座いました。

静岡市葵区 佐々木真吾

この記事の著者

正伝妙見活法協会
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一千年の歴史を有する正統なる古伝活法『正伝妙見活法』を第24代継承者である千葉吉胤妙星師が直接教伝いたします。
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